2023.05.09
85ヘクタール(東京ドーム約19個分)の雄大な高原の風景の中、 ワラビ・ウド・ミズナ・ウルイ・ゼンマイ・フキなどの山菜や山野草と出会えます。
▼所在地 南会津町藤生地内
▼開園期間 5月下旬~7月上旬 水・土・日曜日
▼営業時間 AM8:00~PM12:00
▼駐車場 150台
▼備考 山菜採りに必要となるものはご持参ください。 山での収穫となりますので服装等ご注意ください。
▼お問合先 南会津町観光物産協会 TEL0241-62-3000
▼アクセス
国道121号線沿いにある「南会津町立荒海小学校」の緑の歩道橋が目印です! 国道121号線を栃木県側から来た場合、歩道橋の奥の交差点を左折。 (※栃木県側から見た写真)
左折した後は踏切を渡り、道なりに進む。
つきあたりが丁字路になっていて、本来であればどちらの道からも行けますが 現在右側ルートが工事により通行止めとなっていましたのでご注意ください。
【右側ルート】
集落内をしばらく道なりに進み左のカーブの先にある富貴沢橋を渡りすぐに右折。 そこからは左側ルートと同じ。
【左側ルート】
そこから集落内を道なりに3分ほど進む。
消防屯所を過ぎて30mほど行ったあたりで、前に赤い建物が見えてきます。そこを右折。
右折後、30mくらいですぐに左折。
藤生多目的集会センターの横を過ぎて、農道を道なりに3分ほど進む。
料金所のテントを過ぎると左に曲がる道が出てくるので左折。
ここから山道を10分ほど進むと、到着します。
この藤生わらび園は、5月の開園前に『山焼き』を行います。
この山焼きが、令和2年に南会津町指定重要無形民俗文化財に指定されました。
【藤生鋏山(とうにゅうはさみやま)の山焼き】
江戸時代の中期ごろ、享保の大飢饉や天明の大飢饉などが立て続けに起きました。 極限の中での食糧不足対策として、山に火入れを始めたのが起源であると伝わっているそうです。
山焼きは藤生区民全世帯により脈々と続けられてきた区の年中行事でもあり、 一戸一人以上参加する事が決まりとなっています。 鋏山の大部分が草本群落であることから、従前より途切れなく山焼きを続けてきた様子がうかがえます。
戦前頃までは屋根材確保の茅場として利用されていましたが、その後屋根材が変化してきたことで 鋏山ではカリヤスモドキが優勢となり、家畜の敷草として利用されるようになりました。 当地はハギが多く採草地としても重宝されて、昭和30年~40年頃は和牛の放牧も行われていたそうです。
国内の刈安草地は十六か所と少なく、藤生鋏山はその中でも最大級!!! 山焼きの継続が、この地の貴重な植物や昆虫が生息する環境・景観をも守っている、とのことです。
(出典元:「南会津町の文化財」より一部抜粋)
江戸時代のころからの営みが今なお続けられている藤生わらび園。
これまでの長い年月の中で、多くの方に守られてきたこの自然が、 いま、多くのお客様が南会津町に足を運ぶきっかけとなっています。
山の恵みと運営されている藤生区(藤生わらび生産組合)の方々に感謝です。
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85ヘクタール(東京ドーム約19個分)の雄大な高原の風景の中、
ワラビ・ウド・ミズナ・ウルイ・ゼンマイ・フキなどの山菜や山野草と出会えます。
▼所在地
南会津町藤生地内
▼開園期間
5月下旬~7月上旬 水・土・日曜日
▼営業時間
AM8:00~PM12:00
▼駐車場
150台
▼備考
山菜採りに必要となるものはご持参ください。
山での収穫となりますので服装等ご注意ください。
▼お問合先
南会津町観光物産協会 TEL0241-62-3000
▼アクセス
国道121号線沿いにある「南会津町立荒海小学校」の緑の歩道橋が目印です!

国道121号線を栃木県側から来た場合、歩道橋の奥の交差点を左折。
(※栃木県側から見た写真)
左折した後は踏切を渡り、道なりに進む。

つきあたりが丁字路になっていて、本来であればどちらの道からも行けますが
現在右側ルートが工事により通行止めとなっていましたのでご注意ください。
【右側ルート】

集落内をしばらく道なりに進み左のカーブの先にある富貴沢橋を渡りすぐに右折。
そこからは左側ルートと同じ。
【左側ルート】
そこから集落内を道なりに3分ほど進む。

消防屯所を過ぎて30mほど行ったあたりで、前に赤い建物が見えてきます。そこを右折。
右折後、30mくらいですぐに左折。

藤生多目的集会センターの横を過ぎて、農道を道なりに3分ほど進む。

料金所のテントを過ぎると左に曲がる道が出てくるので左折。

ここから山道を10分ほど進むと、到着します。

この藤生わらび園は、5月の開園前に『山焼き』を行います。
この山焼きが、令和2年に南会津町指定重要無形民俗文化財に指定されました。
【藤生鋏山(とうにゅうはさみやま)の山焼き】
江戸時代の中期ごろ、享保の大飢饉や天明の大飢饉などが立て続けに起きました。
極限の中での食糧不足対策として、山に火入れを始めたのが起源であると伝わっているそうです。
山焼きは藤生区民全世帯により脈々と続けられてきた区の年中行事でもあり、
一戸一人以上参加する事が決まりとなっています。
鋏山の大部分が草本群落であることから、従前より途切れなく山焼きを続けてきた様子がうかがえます。
戦前頃までは屋根材確保の茅場として利用されていましたが、その後屋根材が変化してきたことで
鋏山ではカリヤスモドキが優勢となり、家畜の敷草として利用されるようになりました。
当地はハギが多く採草地としても重宝されて、昭和30年~40年頃は和牛の放牧も行われていたそうです。
国内の刈安草地は十六か所と少なく、藤生鋏山はその中でも最大級!!!
山焼きの継続が、この地の貴重な植物や昆虫が生息する環境・景観をも守っている、とのことです。
(出典元:「南会津町の文化財」より一部抜粋)
江戸時代のころからの営みが今なお続けられている藤生わらび園。
これまでの長い年月の中で、多くの方に守られてきたこの自然が、
いま、多くのお客様が南会津町に足を運ぶきっかけとなっています。
山の恵みと運営されている藤生区(藤生わらび生産組合)の方々に感謝です。